相続放棄一般

第1 総論

□ 相続放棄をした場合,被相続人の権利も義務も一切承継しません(民法938条)。
   この場合,自分の子供に代襲相続権が発生することもありません(民法887条2項・889条2項は,代襲原因として,死亡,欠格及び廃除だけを挙げており,相続放棄は挙げていません。)。

□ いったん限定承認又は相続放棄をした場合,事後的に撤回することはできません(民法919条1項)。
□ 民法上,未成年者は単独で相続放棄の申述ができると解されています(未成年者の取消権を認める民法919条2項参照)。

   しかし,家庭裁判所の実務上,親が未成年者の法定代理人として相続放棄の申述をすることが求められています。
□ 家庭裁判所は,相続放棄の申述を却下すべきことが明らかな場合を除き,これを受理すべきである(東京高裁平成22年8月10日)とされています。
   そのため,仮に3ヶ月の期間制限が過ぎている場合であっても,直ちに弁護士に相談すべきです。
□ 相続放棄をした場合,次の順位の相続人が相続財産の管理ができるようになるまで,自己の財産におけるのと同一の注意をもって,その財産の管理を継続する必要があります(民法940条1項)。 

第2 相続放棄の期間制限の例外

□ 最高裁昭和59年4月27日は,以下のとおり判示していますから,被相続人の死亡を知った日から3ヶ月が経過すると,常に相続放棄ができなくなるということではありません。
   民法915条1項本文が相続人に対し単純承認若しくは限定承認又は放棄をするについて3か月の期間(以下「熟慮期間」という。)を許与しているのは、相続人が、相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知った場合には、通常、右各事実を知った時から3か月以内に、調査すること等によって、相続すべき積極及び消極の財産(以下「相続財産」という。)の有無、その状況等を認識し又は認識することができ、したがって単純承認若しくは限定承認又は放棄のいずれかを選択すべき前提条件が具備されるとの考えに基づいているのであるから、熟慮期間は、原則として、相続人が前記の各事実を知った時から起算すべきものであるが、相続人が、右各事実を知った場合であっても、右各事実を知った時から3か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、相続人が前記の各事実を知った時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である。

第3 相続分がないことの証明書

1 遺産分割協議の実務上,相続分のないことの証明書(=特別受益証明書)というものを作成することがあります。
    これは,被相続人の生前に既に相続分以上の贈与を受けていた点で,民法903条2項に基づき,具体的相続分がない旨を当該相続人が書面にしたものです。
    相続放棄の手続なり,未成年の相続人のための特別代理人の選任なりの手続を省略するために使用されており,相続分がないことの証明書を他の相続人から集めることで,遺産分割をしたのと類似の結果を作り出すことができます。
 
2 相続分のないことの証明書には以下の危険がありますから,私は,このような証明書の作成はお勧めしません。
① 相続放棄をした場合と異なり,特別受益者は,財産は取得しないのに,債務だけは相続するから,被相続人に多額の借金があった場合,借金の支払義務だけを相続する危険があります。
② 名義人が被相続人から何も財産をもらっていないのに相続分のないことの証明書を作成した場合,虚偽の証明書である点で後日にトラブルが発生する危険があります。
③ 本人の知らない間に,未成年の子に代わって親が簡単に作成してしまう危険があります。

第4 相続放棄をしても影響がない財産

□ 遺族基礎年金なり遺族厚生年金なり死亡一時金なりは,遺族である相続人固有の権利です(遺族厚生年金につき大阪家裁昭和59年4月11日審判参照)。
   よって,相続放棄をした場合であっても,相続人は日本年金機構で所定の手続をすれば受給できます。
□ 埋葬料(国民健康保険法58条1項,健康保険法100条)なり家族埋葬料(健康保険法113条)なりは,相続財産ではありません。
    よって,相続放棄をした場合であっても,埋葬等を行う相続人は,市区町村役場なり協会けんぽなりで所定の手続をすれば受給できます。
□ 生命保険契約において,①保険金の受取人として特定の相続人の名前,又は②単に「相続人」と記載されている場合,当該生命保険契約は第三者のためにする保険契約(民法537条,平成20年法律第57号(平成22年4月1日施行)による改正前の商法675条1項本文)に当たります(最高裁昭和48年6月29日判決参照)。
   そして,②の場合が商法675条1項ただし書の「別段ノ意思ヲ表示シタ」に当たるとされることはありません(大審院昭和13年12月14日判決,最高裁昭和40年2月2日判決参照)。
   よって,保険金受取人は自分の固有の権利として生命保険金請求権を原始的に取得します(最高裁昭和40年2月2日判決,最高裁平成14年11月5日判決参照)し,相続放棄をしたとしても,次順位の相続人に生命保険金請求権が移転することもありません(自家用自動車総合保険契約(PAP)における自損事故保険条項に基づく死亡保険金,及び搭乗者傷害保険条項に基づく死亡保険金につき大阪地裁平成16年12月9日判決参照)。
    つまり,相続放棄をした場合であっても,保険金の受取人となっている相続人は生命保険金を受け取ることができます。
□ 不法行為によって死亡した者の配偶者及び子が右死亡者から扶養を受けていた場合に,加害者は右配偶者等の固有の利益である扶養請求権を侵害したものであるから,右配偶者等は,相続放棄をしたときであっても,加害者に対し,扶養利益の喪失による損害賠償を請求することができます。
    しかし,その扶養利益喪失による損害額は,相続により取得すべき死亡者の逸失利益の額と当然に同じ額となるものではなく,個々の事案において,扶養者の生前の収入,そのうち被扶養者の生計の維持に充てるべき部分,被扶養者各人につき扶養利益として認められるべき比率割合,扶養を要する状態が存続する期間などの具体的事情に応じて適正に算定すべきものとされています(最高裁平成12年9月7日判決)。
    そのため,例えば,主たる生計維持者である夫が交通事故で死亡した場合,夫の借金が多額であるために相続放棄をしたとしても,遺族は,加害者に対し,扶養利益の喪失による損害賠償請求ができるということです。

第5 死亡時の住宅ローンの取扱いと相続放棄の要否

□ マイホームの購入に際し,銀行なり住宅金融支援機構(平成19年3月31日までは「住宅金融公庫」)なりで住宅ローンを組む場合,団体信用生命保険(=団信)に加入することが多いです。
    団信とは,銀行等が保険契約者・保険金受取人となり,住宅ローンを組んだ人(正式には「賦払債務者」といいます。)が保険料負担者・被保険者となることで,住宅ローンの返済中に,住宅ローンを組んだ人が死亡したり高度障害状態になったりした場合に,生命保険会社が生命保険金又は高度障害保険金(通常は,「賦払債務者の死亡時点における残債務相当額」です。)を銀行等に支払うことで,住宅ローン全額の免除を受ける制度をいいます。
    そのため,例えば,住宅ローンを支払っている最中にご主人さんが死亡したとしても,通常は相続放棄をする必要がありません。
□ ご主人さんが死亡して,生命保険金により住宅ローンが支払われた場合,未亡人の奥さん及び子供は無担保の住宅を相続により取得することになります。
   しかし,相続税の基礎控除額である3000万円(相続税法15条)を下回る場合,相続税が発生することはありません。
□ ご主人さんが高度障害状態になり,高度傷害保険金により住宅ローンが支払われた場合,ご主人さんに債務免除益が発生しますものの,高度傷害保険金は所得税法施行令30条1号の「身体の傷害に基因して支払を受けるもの」に該当します(所得税基本通達9-21)から,所得税が発生することはありません(所得税法9条1項16号)。

第6 全員が相続放棄をした場合と相続財産管理人

□ 法定相続人の全員が相続放棄をした結果,相続人が存在しなくなった場合,相続財産は法人となります(相続財産法人。民法951条)。
   この場合,利害関係人(例えば,相続放棄をした元々の相続人)又は検察官は,家庭裁判所に対し,相続財産管理人(民法952条)の選任を請求できます(最高裁平成11年1月21日判決参照)。
□ 相続財産管理人は,債権申出期間の公告をした上で(民法957条1項),相続財産をもって,各相続債権者に,その債権額の割合に応じて弁済をしなければなりません(民法957条2項・929条本文)。
   ただし,優先権を有する債権者の権利を害することはできません(民法929条ただし書)。
□ 民法929条ただし書の「優先権を有する債権者の権利」に当たるというためには,対抗要件(例えば,不動産に関する登記。)を必要とする権利については,被相続人の死亡の時までに対抗要件を具備している必要があります(最高裁平成11年1月21日判決。なお,限定承認の場合につき大審院昭和14年12月21日判決)。
   なぜなら,相続債権者間の優劣は、相続開始の時点である被相続人の死亡の時を基準として決するのが当然だからです。
    そのため,例えば,相続人が存在しない場合(限定承認がされた場合も同じ。),相続債権者は,被相続人からその生前に抵当権の設定を受けていたとしても,被相続人の死亡の時点において設定登記がされていなければ,他の相続債権者及び受遺者に対して抵当権に基づく優先権を対抗することができませんし,被相続人の死亡後に設定登記がされたとしても,これによって優先権を取得することはありません(ただし,被相続人の死亡前にされた抵当権設定の仮登記に基づいて被相続人の死亡後に本登記がされた場合は除きます。)。
□ 相続財産管理人は,すべての相続債権者及び受遺者のために法律に従って弁済を行うわけですから,弁済に際して,他の相続債権者及び受遺者に対して対抗することができない抵当権の優先権を承認することは許されません。
   そして,優先権の承認されない抵当権の設定登記がされると,そのことがその相続財産の換価(民法957条2項・932条本文)をするのに障害となり,相続財産管理人による相続財産の清算に著しい支障を来すことが明らかです。
   そのため,相続財産管理人は,被相続人から抵当権の設定を受けた者からの設定登記手続請求を拒絶することができますし,また,これを拒絶する義務を他の相続債権者及び受遺者に対して負っています(最高裁平成11年1月21日判決)。
□ 共有者の一人が死亡し,相続人の不存在が確定し,相続債権者や受遺者に対する清算手続が終了したときは,その共有持分は,他の相続財産とともに,民法958条の3の規定に基づく特別縁故者に対する財産分与の対象となり,右財産分与がされず,当該共有持分が承継すべき者のないまま相続財産として残存することが確定したときにはじめて,民法255条により他の共有者に帰属します(最高裁平成元年11月24日判決)。
1 相談予約の電話番号は06-6364-8525であり,交通事故及び債務整理の初回の面談相談は無料であり,相続情報公開請求等の面談相談は30分3000円(税込み)です。
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2 執務時間は原則として平日の午前10時から午後7時30分までですが,事前のご予約があれば,午後8時30分まで夜間相談可能です。
 
3 弁護士山中理司(大阪弁護士会所属)の略歴取扱事件弁護士費用事件ご依頼までの流れ等はこちらであり,「〒530-0047 大阪市北区西天満4丁目7番3号 冠山ビル2・3階」にある林弘法律事務所の地図はこちらです。